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●1999 
日本経済新聞1999年8月3日
アラビア語でシステム構築 
起業塾1999年2月
 21世紀はお客様と環境を意識し、パソコンのアップグレード事業を推進 
●1998
日経産業新聞1998年11月18日
転機 難産だった政治ゲーム 会社の基礎固める 
日経産業新聞1998年11月4日
厳しい環境逆手に  
日本流通産業新聞1998年10月22日
CPU交換で高性能機へPCリニューアルサービスを開始
●1999
日本経済新聞1999年8月3日
アラビア語でシステム構築
システム構築のジーアンドエフはアラビア語によるネットワーク構築事業を始めた。中東や北アフリカなどの在日政府機関や企業が対象。言語や商慣習が壁になって日本企業の受注が進んでいないと判断、母国語で受けられるサービスとして売り込む。アラビア語を母国語にする外国人をプロジェクトマネージャーに採用。ネットワークの基本ソフト(OS)はアラビア語、日本語、英語から選べる。構内情報通信網(LAN)からインターネットを利用した本国とのビデオ会議システムまで幅広く請け負う。「首都圏だけで大使館などアラビア語圏の政府機関や企業が五百ある」(下前社長)という。アラビア語のホームページも開設し、初年度に2億円の売上高を目指す。スペイン語による事業も計画している。
起業塾1999年2月号
21世紀はお客様と環境を意識し、パソコンのアップグレード事業を推進
自分の力で行けるところまで行ってみようと26歳で独立

「会社設立の前は三井不動産でサラリーマンをやってました。サラリーマンが嫌で辞めたわけではないし、会社に不満があって辞めたわけでもないですし、以前勤めていた会社には仕事を教えていただいたっていうか、感謝しています。社員にもよく言うんですけど、仕事って言うものは扱うものが違っても基本はいっしょなんですよね。その基本を三井で徹底的に叩き込んでもらいましたから、すごく感謝しています。退職の理由は人生は一度しかないってことですね。三井の中で上を目指す生き方もありましたけど、自分の力で行けるところまでいこうと。ホームレスになるかもしれないけど、まあ、やってみようということで26歳のときに退職したんですね。その時点では具体的に何をやるかは決めてなかったんですね。会社にお世話になっている間は、隠れてこそこそするのが嫌でしたから。退職願を出したときも人事の人たちに囲まれて、おまえ何やるんだと訊かれましたけど、辞めてから考えますと。だかF品ら、失業保険を貰いながら考えました。現在の業務内容はインターネットシステムの開発部門、パッケージソフト部門、ソフトの開発、カードの開発および古いパソコンのアップグレード事業、あとですね、シャレ気なんですけどパソコンのサプライ関係の商材も当社ブランドで出しています。まあ、コンピュータ関係のことを中心にやってますけど、これらの事業というのは、僕がコンピュータ業界にかぶれてるから始めたわけではないんですね。いろいろ事業プラン等を考えていった結果なんです」

徐々に自力をつけ着実にバージョンアップ

「挫折というのはありませんが、かといって順調でもないですしね。5年半で、まだこの規模かよ、大したことないねって言われたらそれまでだし。5年半もかからないで店頭公開までもっていった社長さんとかいっぱいいらっしゃいますからね。やっぱり失敗することもありますから、そう言ったときは素直にあやまる。壁にぶつかったときは、逃げない。逃げて物事が解決するわけじゃないですから。逃げる人は経営者として失格ですよね。まあ、ベンチャーバブルには乗ってはいませんが、足腰は強いので、しぶとく、自力を徐々につけてきて、ここまでバージョンアップしてきたというところですかね」

パソコンのリサイクル事業に取り組んでいく

「パソコンやゲームのソフトというのは水ものなんですね。当たっているうちはいいんですけど、当たらなくなった会社というのは悲惨きわまりないんですよ。で、会社を安定させるために、一昨年から法人相手にビジネスを展開しようということで、社内のネットワークとかインターネットを使った新規事業とかウエッブ関係の仕事をはじめたんですね。まあ、コンシューマー向けの商品は止めたわけじゃなくて、年2回くらいはやっていこうということで、副次的にはやっていく予定です。あとは、社会的に意義があることをやっていきたいと思っています。パソコンのリサイクルの一環というのがまだでてないんですね。それで今強力に推進しているのが、古くなったパソコンのアップグレード事業なんです。数万円でメモリとCPUをパワーアップして、そのまま使うというものです。高いお金を出して新しいパソコンを買い換える必要がないので、お客様にとっても絶対メリットがあるし、環境にも貢献できると思うんです。今後は、廃棄されるパソコンを活かしてできるビジネスに真剣に取り組んでいきたいと思っています。 
●1998 
日経産業新聞1998年11月18日
転機 難産だった政治ゲーム 会社の基礎固める

二度としたくない経験がある。1ヶ月間以上睡眠時間3時間で働き続け、最後は始発電車で原盤を工場に持って行った滑り込みセーフのゲームソフト作成だ。95年春ごろパソコンブームが起きた。パソコン利用者のすそ野が広がる。そう考えてビジネスマンを対象にした政治ゲーム「政界立志伝」の制作を思いついた。歴史や経営をテーマにしたゲームは既にあったが、不思議にも政治物はなかった。当時、ある経済雑誌で政治評論家の細川隆一郎氏と対談。帰り際に政治のゲームの話しをすると面白いと好感触。企画書を提出し、幸いにも細川氏に監修を引き受けてもらった。私自身はパソコンに全くの素人。企画や営業に回り、実際の制作を経験者に任せたが誤算が生じた。政治に興味がなくゲームのシナリオを作れなかった。結局、ゲーム制作の専門書を読みながら自分で細かいシナリオを書くはめになった。そのうちに、96年5月の発売日が迫ってくる。ソフト卸会社に対し納期は絶対。遅れれば何もかもダメになる。ソフト作成には不具合を直すバグ取りという作業が不可欠だが、大変な手間がかかった。昼間は営業、夜は事務所のF品ワンルームマンションでプログラマーとバグ取りで泊り込む生活が続いた。資金もつぎ込み、引くに引けない状態。絶対に成功させると踏ん張った。やっとのことで発売日を迎えた後、ほっとしたのか熱を出して倒れた。このソフト制作は会社の基礎づくりとなった。当時は実の父が亡くなった直後でもあった。ギリギリに追いつめられた中で協力してくれた皆さんには本当に感謝している。
日経産業新聞1998年11月4日
厳しい環境逆手に

「企業の経費削減は一段と厳しくなった」と話をするネットワーク構築のジーアンドエフの下前社長。8月に企業向けに全額損金算入できる十万円以下の低価格パソコンを発売したが、「もっと安くできないか」との要望が顧客からの多数寄せられた。「完成品の低価格は限界」と判断、七万円程度で既存のパソコンの性能を向上する出張のサービスを始めた。出足は好調で、リース契約の切れた旧式パソコンなど大きな需要が見込める「廃棄パソコンが減るため社会的な意義もある」と厳しい環境を逆手に取ったビジネス開拓に意欲を燃やしていた。
日本流通産業新聞1998年10月22日
CPU交換で高性能機へ PCリニューアルサービスを開始

社内LANシステム構築を手がけるジーアンドエフはパソコンのリニューアルサービスを開始した。PCの性能は日進月歩で同一機種の使用期間が短いのが実情だ。だが、「PCの基本的性能はCPUとメモリによって決まる」このことから、旧式のPCでもCPUとメモリを交換すれば、高性能PC向けのアプリケーションソフトをスムーズに使用できる。同社のサービスはDOS/V機に対し、旧式CPUを組み込んだ部分を米国AMD社製CPU(AMD K6-2)を使用したアクセラレーターに、メモリを64MBのものに交換するもの。価格はCPUアクセラレーターが四万八千円、メモリが一万二千円。同社のスタッフが出張して交換を行う場合は、さらに一社につき一万円の基本料金とPC一台の作業料金が必要だ。同社の、このサービスが企業の情報設備革新意欲と経費削減意識を同時に満たすものと位置付けるばかりでなく、PCの廃棄物化削減にもつながるとしている。年内三千セットで約二億円の売上を見込んでいる。
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